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一蓮托笑の写真展

借金と網膜剥離、「私だけなぜ」からの卒業

 バブル期は父の古美術商が順調で、幸せな暮らし。その後バブル崩壊で状況は一変。自宅を失い、父の連帯保証人となり、長女として借金を背負った。貯金をはたき、「私だけなぜ」が口癖になり、いつしか“悲劇のヒロイン”になっていた。

 37歳で父を亡くし、ストレスから網膜剥離で入院。思えば小学生の頃から人と比べてばかり、100点でも褒めてもらえず、認められたい一心で頑張っていた。そんな私が救われたのは、信頼する人からの「頑張ってきたね」という一言…。

 その後、今の会社に入り15年になる。特養の施設長として働く今、認知症の方が笑顔で「おはよう」と迎えてくれる瞬間は、本当に嬉しい。

 独身を選んだことだけは人と比べなかった私は、還暦を前にしてようやく「私らしく、でいい」と思えるようになった。

澤田 季公子

Kikuko Sawada

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