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一蓮托笑の写真展

これからは、 “天との付き合い方”を伝えたい

 選択の許されない男尊女卑の家で育ち、医者になることを求められた“優等生”の私。唯一安心できたのは、誰もいない学校の教室だった。誰かがいれば、優等生は常にアテンド役をしなくてはいけなかったから。 

 32歳で心から尊敬する母をがんで失い、そこから病院経営の道が始まった。高齢者施設を作ったときは家族にこだわり、『おとなの学校』を作ったときは、高齢者もスタッフも元気になる場作りにこだわった。振り返ってみると、学校の教室に守られていた自分を癒す仕事をしてきたように思う。

 還暦を迎える頃には、“推し神様参り”の途中で、長年抱えてきた男尊女卑への恨みがすっと溶けた。

 これまで運に導かれてきた私。これからの30年は、事業を広げながら“天との付き合い方”を伝えていきたい。

大浦 敬子

Keiko Aura

おとなの学校グループ代表

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