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清水 貴子

失明の危機から

復活、

天職に生きる

 39歳の夏、ある日突然目が見えなくなった。診断は原田病による滲出性網膜剥離。当時単身赴任の夫との関係に苦悩しながら子育てや仕事を一人で抱え、「自分ががんばれば何とかなる」と無理をした。

入院直後、病棟では人に頼る車椅子移動に泣き、病室では鏡に映る自分が見えず、泣いた。後遺症は残ったものの失明の危機を脱し、療養後は心が望む方向へと舵を切り撮影を学んだ。

あの夏から8年後、47歳のとき、たまたま友人の美容師を撮った深い感動が、次の大きな転機となった。その後起業し、離婚。息子たちも成長し還暦を迎えたいま、私は天職に生きられる幸せの中、生涯かけた夢への挑戦を楽しんでいる。

清水 貴子

Takako Shimizu

女性写真家チーム株式会社・写真家

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